オフィスは「働く箱」から
「第二の住まい」へ

中小企業のオフィス建築のあり方を
積水ハウスと一緒に考える

コロナ禍で都心のオフィス模様が一変した。

大企業を中心に、本社あるいは本社機能を
地方に移転させる動きが広がり、
現在進行形で地方への移転を検討している
経営者もいるだろう。

オフィスのあり方が見直されるいま、
住宅メーカーである積水ハウスが
提案するのは、邸宅のようなオフィス。

今回は「住」の技術とノウハウを生かした
積水ハウスのオフィス建築を紐解く。

TEXT BY RIE NOGUCHI

※本インタビューはWIRED.jp(2021年7月30日)掲載記事の転載です。

ILLUSTRATION BY PETE GAMLEN

「『わが家』を世界一 幸せな場所にする」というグローバルヴィジョンをもつのは、日本の住宅メーカーの雄である積水ハウス。その積水ハウスがいま、これまでの住宅建築の技術とノウハウを生かしたオフィス建築に力を注いでいる。コロナ禍は多くの人の「働き方」を変えた。都心の大型オフィスは感染症対策で1日の出社人数を制限し、オフィスの人影はまばらになった。「オフィスは不要」と、賃貸契約を解除する企業も増えた。

いまはまさに「働く環境」を考え直すときだ。

そんななかで「居心地の良さ」を提供できるのが積水ハウスの強みだ。企業が抱える課題を、積水ハウスは「住」のノウハウを活かしたソリューションによって解決に導く。積水ハウスだからこそできるオフィス建築について、積水ハウスの業務役員 建築事業開発部長の中山英彦と、特建事業開発室課長の小野沢篤、特建事業開発室主任の長岡輝郎、特建事業開発室の千葉由佳の4名に話を訊いた。

左から、積水ハウスの業務役員建築事業開発部長の中山英彦、特建事業開発室主任の長岡輝郎、特建事業開発室課長の小野沢篤、特建事業開発室の千葉由佳。

PHOTOGRAPH BY KOUTAROU WASHIZAKI

居心地の良さが生産性を上げる

今回は積水ハウスが手がけるオフィス建築についてお話をお伺いしたいのですが、
やはり「住宅」を手がけているイメージが強いですよね。

中山英彦(以下、中山)そうですね。多くの人は「住宅メーカーがオフィス建築をやるってどういうこと?」という素朴な疑問が出てくると思います。 働く人がオフィスにいる時間は1日約8時間弱くらいです。起きている時間だけで考えると自宅よりもオフィスにいる時間のほうが長い人もいます。その意味でも、積水ハウスではオフィスは「第二のわが家」だと考えていまして、住まい同様に「幸せな場所」にしたいという想いがあります。 積水ハウスでは、幸福経営学の第一人者である慶應義塾大学大学院の前野隆司教授と一緒に、社員に対して幸せ度調査を行なっています。そのなかで「幸せと感じる人の生産性は30%高く、創造性は3倍高い」という研究結果が出ています。つまり社員の幸福度が高ければ、企業の生産性や創造性が上がるというわけです。 直近のG7の生産性のデータを見ると、日本は賃金も上がらないこともありG7で最下位です。まさに失われた30年でジリ貧状態。そのようななか、日本の社会を実際に支えているのは中小企業なので、積水ハウスとしては支援していきたい。そういうところから、居心地のいい住宅づくりのノウハウを、オフィス建築に生かせたらと考えました。

住宅メーカーとして、いまの社会をどのように捉えていますか。

小野沢篤(以下、小野沢)コロナ禍の1年で、多くの企業はテレワークに対応するために、環境整備を急速に進めました。結果、都心のオフィスにわざわざ行かなくても働けることに多くの人は気づきました。ただ、気づいているものの、まだ「オフィス不要」というところまでは舵を切れない企業も多いというのが現状です。今後は「オフィスが必要/不要」で大きく二極化されると考えられます。 最近のメディア調査によると都内でテレワークを導入している企業は、全体では60%くらいなのに対して、100人以下の中小企業になると10%と、大きな格差があります。一方、コロナ禍が終息したあとでもテレワークを進めたいと考えるワーカーが80%くらいいるので、今後はさらに「働く場所」や「オフィスの意義」についての議論がすすむと考えています。

長岡輝郎(以下、長岡)いま、企業のBCP(Business Continuity Plan/事業継続計画)対策やリスクヘッジという観点から、企業は都心拠点から郊外の拠点を移行しているという流れがあります。コロナ禍で東京一極化是正の方針を国が打ち出し、地方自治体もそれを受け入れるために、オフィス設置のための補助金や助成金制度を創設しています。 今後、新型コロナウイルスの蔓延が落ち着いたとしても、都心ではテレワーク継続要望が多いことから、オフィスは日本全国津々浦々、小規模化、中規模化が進んでいくと考えています。

オフィスの役割が変化していくということでしょうか。

長岡今後、通勤のいらない働き方になったり、オフィスが郊外に移ったりすると、オフィスは「通勤する場所」ではなく、専門作業をしたり、社員同士やお客さまとのコミュニケーションをとる場所として機能が変化していくのではないかと考えています。

PHOTOGRAPH BY KOUTAROU WASHIZAKI

コミュニケーションの場を提案する
積水ハウスのオフィス建築。

小中規模オフィス建築で求められているもの

今後、地方に小中規模のオフィスが拡散していくイメージですが、小中規模オフィス建築には、どのようなニーズがあるのでしょうか。

小野沢少子高齢化による労働者不足という問題がありますが、その影響を受けやすいのが中小企業のオフィスだと思っています。 例えば就活生へのアンケート調査によると、企業を選ぶポイントの1位は「安定性」です。そうなると知名度のある大企業が有利になる。そして2位は「職場の雰囲気」、3位は「社会貢献度」と続きます。この職場の雰囲気づくりや社会貢献度を上げる仕掛けづくりが、これからのオフィスのニーズとなると考えています。

長岡働き方改革を踏まえ、社会貢献度を上げたり、空間づくりに配慮するのが今後のニューノーマルとなっていくと考えられます。それに加えて、いまはコロナ対策がオフィスに求められています。 わたしたちは住まいから派生して建物をつくっているので、企業の規模によらず快適で安全な環境をつくることが非常に大事かなと思っています。例えば、空気調和衛生工学会は、一人当たりのオフィスや店舗の換気量を、1時間あたり30㎥換気する必要があると言っています。これは住宅基準の5、6倍というかなり難しい数字で、換気設備が整っている新しいオフィスでは対応できますが、設備が古いビルではハードルが高いのが実情です。

コスト面から古いビルに入居している中小企業も多いですよね。

長岡そうですね。中小企業は、そこまで手が回らないというのが実態で、換気などの設備投資にコストをかけることができないということがあります。いま中小企業が抱える課題は、感染対策も含めて職場環境をどう改善していくのかということではないでしょうか。

小野沢経営者の考え方にもよりますが、わたしたちがオフィスの建て替えのご支援をしているなかで、「オフィスは働く箱だ」という旧態依然の考え方をお持ちの方もいまして、それも課題のひとつなのかなとも感じています。

オフィスを「働く箱」という認識から、生産性を上げるような
居心地の良いオフィスを目指そうという経営者の意識変化を促すために、どのような工夫しているのでしょうか。

小野沢まずは「オフィスは働く箱」という考え方から、「オフィスは第二の住まい」という考え方にスイッチしてほしいと強くアピールしています。住宅メーカーならではのノウハウを活かして働き心地を追求する。そういったオフィス環境で企業の生産性と従業員の満足度を高めていくことをアピールしています。

具体的に、住宅メーカーだからこそできることはどのようなことがありますか。

小野沢積水ハウスは「ZEH(ゼッチ)」という戸建住宅、賃貸住宅、マンションを対象にした「Net Zero Energy House(ネット・ゼロ・エネルギー・ハウス)の世界一の販売実績があります。そのノウハウを活かし、住宅以外のオフィスなどを対象にした「ZEB(ゼブ)/Net Zero Energy Building(ネット・ゼロ・エネルギー・ビルディング)」という、企業価値・不動産価値の向上に寄与するゼロ・エネルギー建築を推進しています。 このZEHやZEBという環境に配慮した建築によって、住宅のノウハウを活かして企業が抱える課題を解決するCRE(Corporate Real Estate/企業不動産)事業を進めています。

長岡ZEBやZEHは、断熱性の向上や省エネ設備の導入などで大幅な省エネルギーを実現したうえで、太陽光発電などでエネルギーを創り、年間に消費するエネルギー量がおおむねゼロになる、という環境配慮型の建築物です。 近年注目を集めるESG投資において、企業の環境配慮活動に対する評価がされているのですが、投資家などから高い評価を受けることで企業価値や不動産価値の向上に寄与します。ESGに象徴される環境配慮への動きについて、中小企業からは「何をしたらいいのかわからない」という声も多い。だからこそ「オフィスから変えていきませんか?」というシンプルなメッセージは経営者にも響きやすいと考えています。

PHOTOGRAPH BY SEKISUI HOUSE

リビングダイニングのような
空間をオフィスに備えることも可能。

「心地いい環境」とは

ZEBなどで環境に配慮した建物を建て、実際にオフィスに入居するわけですが、オフィス内で感じる「居心地のよさ」が企業に与える影響はやはり大きいのでしょうか。

長岡先ほど話題に上がったように、人材確保のためには職場環境の向上が重要です。「居心地のよい」オフィスは生産性の向上にも寄与するので企業に与える影響は大きいと考えています。職場環境を良くするために住宅の居心地の良さをオフィスに導入し、快適で心地のよい環境を提案しています。

「心地いい環境」づくりで工夫している点はありますか。

千葉由佳(以下、千葉)積水ハウスではさまざまなお客様のご要望にお応えするために「多様な感性」を大切にしています。 女性の活躍推進のための制度やサポート、男性の育児休業、LGBTQを理解するための研修・啓発活動や、外国人技能者の研修受け入れなどを進め、社員の多様性に関するノウハウを蓄積していますので、オフィス提案に反映できると考えています。

多様な感性を反映した建築は具体的にはどのようなものがありますか。

千葉例えば、化粧室や更衣室は女性にとっては「コミュニケーションの場」です。化粧室でも「居心地がいい」と思えるような設計を取り入れています。化粧室の出口付近でも男性の視線が交わらないようにしたり、細やかな視点でプランニングができるのは住宅の設計をやっている積水ハウスならでの強みですね。

喫煙室のような休憩できる場所で、雑談から何か新たな発想が生まれることもありますが、いまの時代は愛煙家も減り喫煙所自体がなくなりつつあります。かつての喫煙室に替わるセレンディピティが生まれるような「場」づくりなどは考えていますか。

長岡以前はたしかに「喫煙室での会話も仕事のひとつ」と話す人もいましたが、現代の企業は「健康経営」が推進されていますので、喫煙室に替わる場所として考えているのが、住宅のリビングダイニングのようなスペースです。 住宅のリビングダイニングは家族が集まるスペースで、ご飯を食べるところでもあれば、子どもが勉強するところでもあったり、フレキシブルに使える空間です。そういった機能をオフィスのなかに取り入れる提案をしています。 旧来のオフィスはリラックスして打ち合わせするスペースなく、ただ働くだけ、というところが多かった。でも仕事をするうえでは、休むことも、コミュニケーションをとることも大事だと考えています。そう考えると、オフィスはどんどん住宅に近くなっていくのかなと思っています。

PHOTOGRAPH BY SEKISUI HOUSE

マンションのような佇まいで、
街に溶け込みやすい。

街に溶け込むオフィス

景観など地域との調和なども想定されているのでしょうか。

長岡そうですね。例えば高層ビルだと駅近のイメージがあると思いますが、わたしたちが想定しているのは、駅から少し離れて地域に根差している企業へのアプローチです。ですから、住宅地に近いところが建築エリアになってくるので、地域の方々との距離が近く、例えば「○○さんの自宅の横に会社のオフィスが建つ」ような世界観が実現できるのかなと思っています。 地域密着の企業にとっては、地元の人との距離感を保ちながら地域貢献するのが重要だと思いますので、地域貢献できるプログラムを考え、立地に合うご提案をしていきたいと考えています。住宅地は昼間に人が少なくなるので、そこに企業があることで活気も出ますし、地域の周辺にある商店街にも経済的にも貢献できると思います。こうした「住宅街の景色」は積水ハウスがこれまでずっと担ってきた分野なので、地域への溶け込み方はオフィス建築でも重視しています。

建物の高さ以外に、地域に溶け込みやすくしている点はありますか。

長岡なるべくオフィスにお庭をつくっていただきたいと思っています。積水ハウスでは「5本の樹」計画という取り組みを推進していて、地域の在来種や地域に根差した植栽を使う植樹の提案をしています。 庭があるオフィスは少ないと思いますが、住宅で考えると、リビングの先に庭があると気持ちが良いですよね。ですから縁側で仕事をすることも提案していこうと思っているんです。

縁側で仕事、いいですね。

長岡それも積水ハウスだからできることかなと考えています。そして庭が地域の景観をよくすることも期待しています。社員の方だけでなく、地域の人にも喜んでもらえたらいいですよね。

地域にも溶け込み、緑がある環境で、リラックスして仕事をする。「新しい企業の在り方」ですね。
ありがとうございました。