HISTORY

芝三田二本榎高輪辺絵図「東京都立中央図書館特別文庫室所蔵(部分・加工含)」

高貴な記憶が刻まれた、由緒を継ぐ丘に。

かつては海を望む風光明媚な景勝地だった高輪界隈。 江戸時代には大名屋敷や武家屋敷、明治時代以降は多くの宮邸が建てられました。 なかでも高輪一丁目は、江戸の旧熊本藩細川邸から大正の東宮仮御所、昭和の高松宮邸、 そして令和の仙洞仮御所と、ひときわ高貴な系譜を継ぐ邸宅街です。

高輪一丁目略歴 この地に受け継がれてきた、輝かしい歴史の足跡。

江戸時代、高輪一丁目の北側一帯には旧熊本藩細川家の下屋敷が広がっていました。明治時代、その広大な屋敷跡は皇族方に住み継がれ、第二次世界大戦後に敷地を縮小。現在は仙洞仮御所(高輪皇族邸)となり、上皇上皇后両陛下が住まわれています。

  • 【江戸時代】旧熊本藩細川家の下屋敷が置かれる。【1891年(明治24年)】明治天皇の皇女のお住まいとして高輪御殿と称される。【1913年(大正2年)】東宮仮御所として、後に昭和天皇となられる皇太子裕仁親王が住まわれる。【1927年(昭和2年)】高松宮宣仁親王が移り住み、高松宮邸となる。【第二次世界大戦後】高松宮様の意により敷地の一部が払い下げられ、中学校や住宅、公園などが整備される。【2013年(平成25年)】高輪一丁目児童遊園と高輪一丁目第二緑地が一体整備され、高松くすのき公園となる。【2020年(令和2年)】旧熊本仙洞仮御所(高輪皇族邸)として、上皇上皇后両陛下が住まわれる。 (出典:港区ホームページ)
  • 魚籃坂(撮影地点:現地より徒歩3分/約170m)魚籃坂(撮影地点:現地より徒歩3分/約170m)
芝三田二本榎高輪辺絵図「東京都立中央図書館特別文庫室所蔵(部分・加工含)」

激動の歴史を見つめてきた「旧細川邸のシイ」。

高輪一丁目の丘に佇む、高さ10m超、幹囲8m超のスダジイ。推定樹齢300年以上のこの巨木は、旧熊本藩細川家の下屋敷だった頃からこの地にあり、江戸時代から現代までの長い歴史を見つめてきました。現在は都指定の天然記念物にもなっています。

旧細川邸のシイ(徒歩5分/約390m)旧細川邸のシイ(徒歩5分/約390m)

高松宮様が長く住まわれた「高輪皇族邸」。

1927年(昭和2年)に、昭和天皇の弟の高松宮宣仁親王がこの地に移り住み、喜久子妃とともに住まわれていました。2004年(平成16年)以降は高輪皇族邸として宮内庁管理下に置かれ、2020年(令和2年)3月より上皇上皇后両陛下の仮御所となっています。(出典:港区ホームページ)

高輪皇族邸(徒歩6分/約440m)高輪皇族邸(徒歩6分/約440m)

江戸初期に創建された名刹「魚籃寺」。

赤い山門が目を惹く魚籃寺は、1652年(承慶元年)に創建された浄土宗の名刹。三田山水月院魚籃寺を正式名とし、魚籃観世音菩薩が祀られています。江戸三十三観音札所の第25番目にも位置づけられ、多くの人が参詣に訪れています。

魚籃寺(徒歩4分/約270m)魚籃寺(徒歩4分/約270m)

三味せん寺としても知られる「大信寺」。

1611年(慶長16年)、南八丁堀に創建された宝島山峯樹院「大信寺」。1635年(寛永12年)に現在の地に移転してきました。三味せん製作の始祖と仰がれた石村源左衛門が葬られたことから「三味せん寺」と呼ばれ、音楽ゆかりの寺としても親しまれています。

大信寺(徒歩2分/約130m)大信寺(徒歩2分/約130m)
掲載の環境写真は、2021年3月に撮影したものです。
掲載の距離・徒歩分数は、地図上を計測し80mを1分として計算したものです。
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