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「明日も今日のようでありますように」 世界的評価を博するヴァイオリニスト・天満敦子さん。コンサートチケットが発売後数時間で完売するという、クラシック界では異例といってもいい人気を誇る天満さんの、さまざまな出会いについて伺いました。

「返事の良さ」で合格

写真 天満さんがヴァイオリンを習い始めたのは小学校入学の直前。
 「ピアノとヴァイオリンは、物心つかないうちから『触らせること』が大事だといわれていますから、6歳というのはぎりぎりです」
 小学校6年生のとき、最初の転機が訪れます。NHK教育テレビ『バイオリンのおけいこ』の生徒募集に応募したことがきっかけでした。
 「当時、江藤俊哉先生をはじめそうそうたるメンバーが講師を務めていらしたんです。私が合格したのは『お返事がいちばん良かったから』だと、あとで聞きました」
 江藤先生の「こんなに楽しそうに弾く子は見たことがない。できることなら続けさせなさい」という言葉で、天満さんは本格的にヴァイオリンを習うことになりました。

対照的な「師」

 天満さんが中学1年から師事したのは、東京芸術大学教授の井上武雄先生でした。
 「明治生まれの方ですから、ごちゃごちゃいろんなことはおっしゃらない。レッスンのときも、注意は『違う』『フォルテ(強く)!』『ピアノ(弱く)!』だけ。あまりにひどいときは『破門!』と言われます(笑)」
 そんな井上先生ですが、天満さんが日本音楽コンクールで1位をとったときには、陰で本当に喜んでくださったそうです。
 「東京芸大附属高校に入学してから大学院まで師事した海野義雄先生は、『いいよ。それでいいよ』と、ほめて伸ばしてくださいました。教え方は先生によって違いましたけど、私は本当に先生に恵まれて、心から信じ頼ることのできた方ばかりでした」

「ストラディヴァリウス」との出会い

 人との出会いだけでなく楽器、そして曲との出会いもまた、天満さんの人生を変えました。
 「このストラディヴァリウス(ストラド)と出会ったのは、1987年。ヨーロッパでの演奏旅行の最中に、知人が見つけてくれたんです。急遽予定を変更して帰国しました。」
 「ストラディヴァリウス」とは、18世紀の天才ヴァイオリン製作者ストラディヴァリがつくったヴァイオリンのことで、これを持つのは、ヴァイオリニストの最後の夢とまで言われる名器です。
 楽器と対面したその瞬間、天満さんの目には後光が射したように見えたそうです。「演奏はいいんだけれど何かが足りない」と生涯の師ヘルマン・クレッバース氏や親しい方たちから言われ、あとは楽器を変えるしかないと思っていた矢先の出会いでした。
 「でも嬉しいっていうよりも『まずいなあ』と思いましたね。大変なものに出会っちゃったって」
 「最初はひどい音しか出ませんでした。楽器に教えられるというか、少しずつ楽器に認めてもらうという感じ。でも楽器が私を認めてくれて、楽器が私の希望を千倍万倍にして表現してくれる。そんな、自分を磨く気にさせてくれる楽器なのです」

運命の曲『望郷のバラード』

写真 もう一つの運命的な出会いは、92年にルーマニアを訪れた時。外交官の岡田眞樹氏から「ぜひあなたに弾いてほしい」と、1枚の楽譜を渡されたのです。ボルムベスクの名曲『バラーダ』(邦題『望郷のバラード』)でした。
 「最初の音“シ”を弾いたとたん、すーっと自分がその世界に入り込みました」
 数ヵ月後、急遽録音が決定。新聞やテレビで取り上げられたことも手伝って、『望郷のバラード』と天満敦子の名は、一気に広まりました。
 「私にとって、まさに運命の曲です。この曲のおかげで、ほかの曲の演奏まで豊かになりました」
 今、天満さんは「今日のまま、明日に移行したい」と言います。
 「今の私の歩調が速いか遅いかはわからないけど、ただ1秒たりとも動きは止めたくない。楽器と曲のおかげで、豊かな気持ちでヴァイオリンが弾けるし、ヴァイオリンが好きで好きでたまらない。だから、明日も今日のようでありたいと思うのです」