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人と水vol.3 川の流れが、時の流れを、見続けてきた城下町。郡上八幡には、水の守人(まもりびと)たちがいる。吉田川で、鮎を釣る人。岐阜県には“木曽三川”と呼ばれる大きな川が三本あって、そのひとつ、長良川と合流しているのが郡上八幡の中心を流れる吉田川です。水量豊富な吉田川では、初夏から秋の終わりにかけて鮎釣りが盛んです。“お国自慢にゃ肩身がひろい 郡上おどりに鮎の魚”と、郡上八幡の盆踊り『郡上おどり』にも唄われた“郡上鮎”。地元の人に、郡上の名物料理は?と尋ねると、迷うことなく「やっぱり鮎ですね」との答えが返ってきます。※木曽三川 濃尾平野を流れる木曽川、揖斐川、長良川の総称。

 郡上生まれで、小さい頃から鮎釣りをしている鷲見夏生(すみなつお)さんによると、郡上で鮎釣りをする人のほとんどは、鮎を市場や料理屋へ持っていって売るのだとか。鷲見さんもそのひとりでしたが、あるときから鮎釣りのプロになり、釣り具メーカーのバックアップを受ける釣り師になりました。
 「鮎の友釣りは、ポイントを見る目が大事。まずオトリ鮎を潜らせながら川底近くをうまく泳がせる。そのオトリを、縄張りを持った野鮎が追いかけて針にかかるという習性を利用した釣りなんです。オトリに重りを付けて潜らせる人もいますが、僕はオトリのチカラだけで潜らせる。このオトリにふさわしいポイントはここしかないなとか、このくらいまで入っていけるかなとかを、その日のオトリ鮎と相談しながら決める。そこが面白いところだね」。


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“かねが出るでる畑佐の山で”美味なる豆腐をつくる人。―明方豆腐店―

 郡上おどりの『かわさき』にも唄われているように、畑佐には昔、鉱山があり銀や銅が採れて賑わったそうです。その頃から豆腐屋を営む明方豆腐店の下広清次郎さんは「祖父が豆腐をつくり始めたときから使っている湧水は、江戸時代からあったと聞いています。泉のそばに石の神さまがあるのが古い証拠なんだそうですよ」と語ります。さらに遡れば、畑佐には弥生時代から湧水を利用していた集落もあったのだそうです。「豆腐だけは、どこにも負けん自信があるよ」と下広さん。全国の美味しい豆腐を食べ歩き、トラック一杯の大豆を買って練習。最初は一丁も売れなかったのをあきらめず何日も地道に売り歩いたとか。やっと買ってもらえたときの売り上げ2730円は、ずっと封筒に入れて置いてあるそうです。「使えないんよ。売れた!っていう喜びが大きかったから」。そんな負けん気の強さが実を結び、今では遠方からも電話注文して買いに来てくださるお客さんもいます。



“水舟”は、軒下の台所。―清流園の水舟―

 水舟とは、山の湧水を引いてきて洗いものをする2〜3層になった水槽のようなもの。一番上の水は飲料水や煮炊きに使い、次の水槽では食物を洗い、最後に汚れた器を洗って流し、その下にある池には魚を飼い、器に付いていた飯粒などを食べてもらうという仕組みです。水舟は、各地で呼び方はちがいますが、湧水の豊富な地方でよく見られます。川魚の養殖を営む清流園・山本八重子さんの水舟は、江戸時代のものを修繕しながら使っているそうです。