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人も自然の循環とともに。―自給自足を営む、滋賀県大津「麦の家」都会のすぐ近くで、田畑を耕し、茅葺き屋根の頑丈な木の家に住む。玄関には大地の恵みである米俵を置き、森羅万象への感謝を忘れない。自然を友とし自給自足を旨として暮らす、この家の主の思いを聞きに訪れました。

麦の家を築いた先代の松井浄蓮(じょうれん)と、二代目、山崎さん。

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 この日、訪ねるのは、自給自足を実践しているお宅と聞き、そこはかなり山奥なのではと想像していました。ところが『麦の家』は、京都から電車で20分ほどの駅から少し山手に入ったところ。ここを開拓した先代の松井浄蓮さんは、人生に煩悶し自ら家を出て行脚した方です。敗戦で変わった価値観、食べ物もない時代を経験したことで、きっと思うところがあったのでしょう。家族でこの地に入り自給自足をはじめたそうです。この家の二代目、山崎さんは言われます。「ここは琵琶湖が一望でき、いい所だと言ってくださるけれど昔は人里離れた場所だったんですよ」。
 山崎さんがここを訪れた18歳の頃は、たくさんの塾生が機織りしたり畑を耕していました。そのうち先代が歳を取ってきて、こういう生き方を継ぐ人はいないかということで、一大決心をし27歳で麦の家の跡取りになられたのだとか。麦の家には多くの人たちが集まります。「“家族の暮らしの場”“耕し機を織る生産の場”“人々が集い語り合う学びあいの場”みんなが楽しく語り明かせる場として、大事にしていただいています」。

暮らしの基本、衣食住のこと。

 生活の持続が地域に合ったカタチで積み重ねられ、何代も伝承されていくことが『暮らし』です。この暮らしの基本、衣食住に人々が自ら関わらなくなったことが、現代の社会問題を生むきっかけになったんじゃないかと山崎さんは言われます。「自分の食べるものを、一生懸命、自分の手でつくらない。着るものや住むところも自らつくらず、何でも買うようになった。それが豊かだと思っていたのに、気付けば家族はバラバラ。しつけや伝統文化がすたれ精神が退廃しました。もちろん、すべては無理ですが、私は少しでもそういうことにも携わりたいんです」。家族が食べる米や野菜は年間通じて旬に収穫できるように植え、鶏を飼い卵をいただいていると聞き、人はすべて生き物の命をもらって生きていることを実感しました。堆肥は草や落ち葉、便所から汲み出す肥など。そうやってすべてが循環しているゼロエミッションです。
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次の世代へ残すもの。

 「この暮らしを継いでくれる息子は二人いて孫もいますから、三世代。家族で、おじいちゃんの世話をしているのを見ていた子どもらは、おそらく私にもそうしてくれることでしょう。ありがたいことですね」都会では三世代、四世代はなかなか住めませんが、ここならお年寄りも農作業をして働けます。「若い者は現代的で便利なものも好きだけど、食べ物は絶対残さず、いただきますを言うとか基本的なことは守っていますね。我々が生活の中でけじめをつけたことをやっていると、やはり親の背中を見て育ち習うようになりました」。
 日々田畑を耕していると、天候のことが特に気になると言われる山崎さん。自然に対する畏敬から思わず手を合わせ祈りたい気持ちになるとか。18歳という多感なとき、この暮らしに出会い、人生の謎が解けたような心持ちだったそうです。「どうしても、みんなお金でものを考えるけれども、それだけじゃないものが本当にあることを知ったんです。自分も現代に生きているのだから反物をつくり、多少の現金収入は得ています。経済社会の中に組み込まれてはいるけれど、そうでない自分も持っていたいんです」。

山崎さんとのお話しを終えて。

写真麦の家の、自然の循環に組み入れられた生活を目の当たりにして、ある種の感動がありました。それは、ひとつのムダもなく世情にも振り回されない生き方ですね。普通なら窓はサッシにするところを、冬でも障子のままで過ごし、トイレもあえて水洗にしない。人糞は農作物を育てるための貴重な肥料だから。ただ、ここまでしなくても、現代人は人それぞれのやり方で、エネルギーを使い過ぎず暮らしを小さくしていかなければならないんじゃないかと、また、あらためて思いました。山崎さんは現代人として若い方にも合わせながら暮らしておられるけれど、生きる姿勢を子に見せて自然に伝承されているのが共感できますね。大地の恵みに感謝して食べ物を残さずいただく。家の中を整理し始末しておく。私たちは、そういうことからやっていけばいいんだと思います。