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「気配」で心を「むすぶ」 万葉集や源氏物語などの古典文学をとおして、日本人の心の在り方を研究してこられた中西進先生に、「言葉」から見た本当の豊かさについてうかがいました。

 「豊かさ」について尋ねた私たちに、中西先生は「『言葉』が本来持つ意味を理解すると、私たちはもっと楽に生きられるのではないでしょうか」とお答えくださいました。
 「『豊か』とは、もともとは『ゆったり』と同じ語源を持つ言葉です。その人がゆったりした状態にあれば豊かとみなすことができ、『豊かさ』とはきわめて主観的なものだったのです。しかし現代人は客観的な言葉として数字に換算したがりますが、だから、訳がわからなくなるんです。月収がいくらだから豊かであるとかではなく、すべて『心』なんです。実感として『今日はいい一日だった』とか、『おいしいものを食べた』とか、そういう気持ちを抱くことが豊かさであり、幸せなのではないでしょうか」

「賢い子」は、かしこくない?

 「豊かさ」につながる、日本人が古来から大切にしてきた価値観をあらわす言葉をうかがいました。
 「たとえば『慎(つつし)む』。これは『包む』つまり「あらわにしないこと」と同じ語源です。すると『自分の身を包み引き締める』という『慎むこと』の意味が明らかになります。それから、『恋』。『恋』というのは『乞う』なんです。乞い求める魂の切なさが『恋』。そういう主観的な感情の動きが、人生を限りなく豊かにするのです」
 「しかし現代では、客観的な評価を良しとする風潮があります。学校の成績が良いと『賢い』といいますね。でも『かしこい』とは、『かしこまる』なのです。心から尊敬する人、人格が優れていて神様や仏様のような人に対して『かしこまる』のです。だから賢い人というのは、こちらがかしこまらなければならないほどの人のことをさします。」
 中西先生は大学の学長というお立場ですが、テストの結果がすべてではないと厳しく指摘されます。
 「目に見える結果よりも目に見えないものこそ大切なのに、目に見えないものに対する信頼を、現代人はまったく失っています。昔の人は、見えなくても存在するものがあることが、直感的にわかっていました。その代表が『気配』です」

見えないけれどある「気配」

 「気配は本来『気(け)・延(は)ひ』で、漂っている気が広がることをさします。目に見えない『気』が広がっていくことで、みんなの関係がいろいろに結ばれていくのです」
 ただし「気」はもともと中国の言葉で、中国では“ある実在”としてとらえられていました。
 「体の中にある基本の気が『元気』。それが損なわれると『病気』で、力を持つと『勇気』です。ところが日本に渡ってくると、『気』は日本独自の価値観にあわせて漠然と漂う煙のようなものになってしまうのです。最近ではイエス・ノーを明快に言える人がすばらしいなんていいますが、それがいちばんはっきりしているのは赤ちゃんです。アメリカ流のイエス・ノー教育にとどまらない、もっとニュアンス(微妙な差異)を大切にする成熟した人間の完成をめざすべきです」
 また、多様な敬語があることも、日本独自の価値観ゆえだと中西先生は指摘されます。
 「日本語に敬語がたくさんあるのは、自分よりも価値の高いものを敬うという、尊敬の精神が満ちていたためです。日本文化は、高度な外国文化の影響を受けて形成されました。日本人は、自らを低く置くことを美徳とする精神で、常により高い文化を求め、吸収し咀嚼してきました。それが日本が国際的にも成功してきた鍵だったのです」

「意」の文化を創造する

 そのようにして培われてきた、細やかな美意識が、現代の日本から失われつつあるのはなぜなのでしょうか。
 「これは異文化の流入と関係があります。中国文化が流入した飛鳥・奈良時代、南蛮文化が流入した室町・戦国時代がそうで、そういうときは目が外に向いていて内向的な視点や細やかなことに目が向かない。その結果、世の中が雑になるんです。そして今が三回目の波、IT文化(欧米文化)です」
 「外来文化を自分自身のものにできたとき、混乱の時代は収束し、高い文化が完成します。第一の波の後にきた平安時代は、繊細で豊かな感情を表現する『情』の文化を、第二の波の後にきた江戸時代は、世界に比しても高度な『知』の文化を築きました。人格の要素は『知・情・意』ですから、次に完成するのは『意』、すなわち意志の文化ではないでしょうか。現代の私たちは、異文化を取り込む際に基礎となる、見えないものを尊ぶという日本独自の普遍的な価値観に目を向けながら『意の文化』を創る責務があると思います」

「結ぶ」ことで生まれる豊かさ

 最後に、私たちがともに豊かに生きていく上で、鍵となる言葉を教えて下さいました。
 「それは『結ぶ』という言葉ですね。『結ぶ』はもともと、生命を誕生させるという意味です。結び合う心が共同体にあれば、生命を生み出すような豊かな共生ができるのではないでしょうか」
 日本では古来から、山川草木にも命が宿っていると考え、大切に守ってきました。人と人の心が結ばれることによって、マンションや共同体にも「命が宿る」と考えるのは、とても自然なことなのかもしれません。

写真プロフィール
中西 進(なかにし すすむ)
京都市立芸術大学学長。1929年、東京都生まれ。東京大学大学院博士課程修了。文学博士。専攻分野は日本文学、比較文学、日本精神史。成城大学教授、プリンストン大学客員教授、筑波大学教授などを経て、現在は奈良県立万葉文化館館長、全国大学国語国文学会代表理事、国際日本文化研究センター名誉教授なども務める。瑞宝重光章受章。文化功労者。主な著書に「万葉と海彼」「源氏物語と白楽天」など。