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豊かなゆとりが「心」を養う

「何でも手仕事だし、どこへ行くにも徒歩だったのだから、昔の人はさぞかし忙しかったでしょうね、とよく聞かれますが、そんなことはありません」
 江戸時代の浮世絵には、大勢の人がお花見や船遊び、花火見物などをしている絵柄が見られますが、そのような時間はどうやって作り出していたのでしょうか?
 「この時代は、暇があれば手仕事をすることが当たり前でした。なので彼らは“遊ぶときは遊ぶ”という意識を持って遊ぶための時間をとっていたんです」

休日はお天道様しだい

 とはいえ江戸の下町に住む庶民たちには、現在のように日曜日や有給休暇などはありません。しかも、一日中働いていたというイメージがあります。
「大工や左官などの職人は8時頃から働きだします。でも10時、昼、3時と休んで5時か6時には家に帰っちゃう。しかもお天道様しだい。雨が降ったり風が吹いたりすると仕事ができず、だいたい年間80日ぐらいは休みでした」
 では、主婦達はどうだったのでしょうか。「長屋の共同井戸で洗濯などしてるうちに、お芝居に行こうとか、新しくできた料理屋に行こうとかなるわけです。亭主が働いている間にね。ちゃんとそう書いたものが残っています」

花見は数回、花火は毎晩

 しかし庶民にとっていちばんの楽しみといえば、それは「自然の移り変わり」だったようです。
 「幕末、日本に来た外国人は口をそろえて“日本人は世界一の園芸愛好家である”と言っています。どんなに小さな家でも裏庭に草花が植わっていて四季折々楽しんでいる、と」
 江戸は巨大都市とはいっても、富士山がどこからでも見え、川や海をはじめとする自然がごく身近に存在する都市でした。
 「花見の名所にも特徴があって、時期や目的によって使い分けていました。それに遅咲き早咲きがあって、いろんな名所を回れば、繰り返し楽しめました」
 「夏の風物詩である花火は、隅田川の川開き(旧暦5月28日)から川仕舞い(旧暦8月28日)までの3か月間、ほぼ毎晩上がっていたのです」
 「江戸前の海に行って潮干狩り。川辺で蛍狩り。秋はお月見に菊見、紅葉狩り、あるいは虫の音を聴きに出かけたり。冬になれば雪見といって、船を出して雪景色を楽しんだりしていました」

連れ立って楽しむ

 「江戸時代の庶民の楽しみ方において、もっとも特徴的なのは“連れ立って楽しむ”ということです。それまでの時代にはなかった、江戸時代以降の新しい楽しみ方なのです」
 一人で出かけ美しい花を見て一首詠む、というそれまでのスタイルは、長屋のみんなで連れ立って、花の名所にわいわい出かけていくように変わります。
 「お弁当を作って、お酒も持って、みんなで食べるというのが楽しみなのです。そのために、たとえば現在、博物館に展示されているような精巧で貴重な『手提(てさ)げ重』を庶民が持っていました」

働いた分だけ休ませる

 自然とともに暮らす江戸時代のライフスタイルは、いつの間に失われたのでしょうか。竹内先生は、「手仕事が機械生産に変わったときではないか」と指摘されます。
 「現代文明の中では、自然を楽しみ、心を養うのはむずかしくなってしまいました。食べ物ひとつとっても、季節感を失っています。食べたいものがあれば旬になるまで待って、待ちこがれて食べてみるなど、季節の喜びを感じてみてはいかがでしょうか」
 自然とつきあえばつきあうほど心が豊かに養われ、お互いを思いやって暮らせるようになる。私たちの体の奥底に眠っている、そんな江戸の暮らしの記憶を呼び覚ますときが来ているのかもしれません。

写真プロフィール
竹内誠 たけうち・まこと
江戸東京博物館館長。1933年東京都生まれ。東京教育大大学院博士課程修了。文学博士。専門は江戸文化史、近世都市史。信州大助教授、東京学芸大教授などを経て、現在は江戸東京博物館館長のほか東京学芸大学名誉教授、徳川林政史研究所所長、社会経済史学会顧問、日本博物館協会副会長などを務める。著者・編著に「元禄人間模様」「近世都市江戸の構造」「教養の日本史」ほか多数。