成功する事業承継の要点
~①個人クリニック編~
選択肢の幅が広い生前承継

税理士

石川 誠

石川会計事務所 所長

近年、理事長・院長の高齢化や経営環境の悪化などの影響から、新規で病医院を開業するケースが減少し、既存の病医院を子や第三者が承継して開業するケースが増えています。しかし、その承継する病医院が個人なのか法人なのか、病院なのかクリニックなのか、承継者は親族なのか第三者なのかなどで、それぞれ留意点は異なります。
今号から3回にわたって、病医院の事業承継をスムーズに行うためのポイントについて紹介します。今号では「個人クリニック」を承継する際の要点を解説します。

1.個人と法人の継承の違いとは

個人病院において事業承継手続を行う際には、保健所への病院開設届や社会保険事務所への保険医療機関指定申請書等を始め多数の書類を作成し、届け出なければなりません。これに対して、医療法人の場合は、理事長の交代を行うだけでよいので比較的簡単に承継することができます。

個人クリニックの場合は、親子間の承継であっても、開設者や管理者が代わるので、現院長の「廃業」と新院長の「開業」の手続きが必要です。
具体的には、保健所や年金事務所(社会保険事務所)、公共職業安定所、労働基準監督署、税務署、都道府県、市町村などに所定の届出をしなければなりません。特に社会保険事務局に提出する「保険医療機関指定申請書」は、保健所に提出する「開設届」とともに、提出期限に注意しましょう。開業して最初の1か月の保険診療が請求できないケースもでてきます。
また、「所得税の青色申告の承認申請書」は開業した日から2か月以内(1月1日~15日までは3月15日)が提出期限となりますので、これについても注意が必要です。

■保険医療機関指定申請書の流れ

一方、法人(経過措置型医療法人)については、所有(出資)と経営が分離していますので、一般に理事長の交代によって経営の承継が行われることになります。
しかし、同時に出資者(社員)の持分の移転により、所有の継承も行わなければ、意思決定などに "ねじれ "が生じることになります。
ちなみに平成19年4月以降、新規に設立する医療法人は「拠出型」に制度が変わり、持分を所有するという概念はなくなりました。

2.親子間での事業承継のポイント

個人クリニックを親子間で承継する場合は、「生前承継」と「相続による承継」があり、それぞれ注意点が少し異なります。

(1)生前承継のケース

生前承継の場合は、承継のタイミングを院長自らで選択することができます。ベストのタイミングで交代ができるように、後継者の開業医としての資質を高めておくとともに、患者さんや医師会、スタッフ、家族との良好な関係を日頃から構築することが重要です。

【土地・建物の承継】

院長が所有するクリニックの土地・建物は、後継者に「売却」「贈与」「貸付け」を行うことになります。この選択によっては、「売却金額をいくらにするか」「使用貸借にするか」「賃貸借なら賃料をいくらにするか」などを決めなければなりません。これは承継後の院長の不動産所得にも影響しますし、もし相続が発生したときは「小規模宅地等の評価減が何%適用できるか」「相続時精算課税による贈与をしたほうが有利になるか」などの問題がでてきますので、事前に顧問税理士などと相談し、判断するほうがよいでしょう。

【医療機器の承継】

医療機器も「売却」「贈与」「賃貸(リース)」が考えられます。売却を選択し、売却益が出た場合は、総合譲渡による課税関係が発生し、買い手は中古資産の減価償却により毎年の必要経費にすることができます。贈与は、暦年課税により110万円の控除が適用でき、受贈した子はその時点の帳簿価額で減価償却することになります。賃貸(リース)は、医療機器が高額で、購入や贈与が困難なときに有効です。親子が生計を一緒にしている場合、院長の減価償却等がそのまま子の事業所得の必要経費となり、院長には所得が発生しません。生計を別にしている場合は、子の事業所得の経費になり、院長の雑所得になります。リース料は、標準的なリース会社の料率を用いれば問題ありません。

【消費税の検討】

院長に消費税の納税義務が生じている場合は、建物、医療機器の売却額がその年の課税売上になることを考慮しなければなりません。初めは賃貸で契約し、売却の時期を 2 年経過後にずらすことで、院長の基準期間の課税売上を 1,000 万円以内に抑えることも考えられます。その場合、納税義務の有無、課税方式、リース料と売却価格の設定で、有利不利が発生します。どのようにするのかの総合的な判断は、専門的な知識が必要なので、顧問税理士と相談しましょう。

【負債の承継】

未払金や借入金は、一般的にはそのまま承継することになります。保証人や担保の追加・変更など銀行との手続き上の打合せが必要になる場合もあるので、事前に融資担当者と相談します。

【スタッフの承継または解雇】

これまで働いてきたスタッフを継続雇用するのか、新しいスタッフを採用するのかは大きな課題です。新院長の考え方が、前院長と大きく変われば、経営に混乱が生じる恐れもあります。継続雇用する場合、十分なコミュニケーションを取り、新たな経営方針を周知徹底させることが大切です。どうしても合わずに退職させる場合は、「退職金」が問題となります。継続雇用の場合でも、「退職金を一旦支払うのか」「承継前の期間も勤務年数に含めて実際に退職したときに支払うのか」などを明確にする必要があります。

(2)相続による承継のケース

相続が発生してからの承継は、承継のタイミングを自分で選択することができません。相続税は、相続発生時点での相続税評価額で計算します。生前承継のように売却、贈与、貸付けという選択肢はなく、遺族(相続人)の誰にどの財産を相続させるかという問題になります。事業用の土地・建物が後継者にスムーズに相続されるように、遺言書の作成も含めて万が一の準備が大切です。

相続税の負担を軽減するために、小規模宅地等の評価減の適用や、相続時精算課税が有利かどうかなど、顧問税理士などと相談して判断する必要があります。一般的に院長の相続財産は高額になるので、相続税の納税資金についても、あらかじめ対策を講じておき、生命保険や預金の備えをしておきましょう。

院長に消費税の納税義務が生じている場合は、相続すると子どもは親の基準期間の課税売上高を継承することも認識しておく必要があります。

3.第三者との事業承継のポイント

後継者がいない場合は、廃業するか第三者への承継が考えられます。

第三者との承継では、まず、承継する相手を探すことからはじめなければなりません。

【資産・負債の承継】

第三者との承継では、贈与や相続ではなく、「賃貸」「売却」に限られます。土地・建物、医療機器、備品などの適正な価格決定のためには、専門家に入ってもらう必要があります。譲り受ける側は、承継金額の妥当性を吟味することや帳簿などには記載されていないリスクが潜んでいる可能性も検討します。

【営業権】

既存クリニックの承継では、地域の患者がある程度クリニックについていることが考えられるので、新規開業よりも有利に経営できることが見込まれます。これを超過収益力として双方が認めれば、「営業権」として譲渡することが可能です。譲渡側は、譲渡益を総合譲渡所得として認識し、譲受側では繰延資産として減価償却の対象になります。

【事業用定期借地権の転貸】

事業用定期借地でクリニックを開設し、これを第三者に承継する場合は、契約の内容を確認する必要があります。通常、当初の定期借地契約に、定期借地権の第三者への転売(建物を売却)や転貸する際の条項が定められています。土地所有者の承諾が必要な場合がありますので、その契約に定められた方法で行うことになります。

まとめ

第三者への事業承継では承継の条件についてお互いが十分に話し合っておかないとトラブルのもとになります。全てを一度に承継する場合もあれば、当面は2診体制でゆっくりとフェードアウトしていく場合もあります。上手く承継するには院長と新院長の考えがシンクロしていること、加えて奥様が専従者として現場に携わっている場合は、奥様の立場からの意見も活かしながらスキームを考える必要があります。その交渉の過程では税務的な専門知識が欠かせませんし、当事者同士では気まずくなることもあるので税理士等に間に入ってもらい進めると良いでしょう。
(2011年7月現在)

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