グランドメゾンTOP > グランドメゾンとは > gm > フジ子・ヘミングさん

gm

Ingrid Fujiko Hemming(イングリッド フジコ ヘミング)スウェーデン人の建築家を父に、日本人ピアニストを母にベルリンで生まれる。幼い頃から才能を認められていたが、留学先で患った耳の不調のため演奏活動を休止。1999年に放映されたドキュメンタリー番組を機に一大ブームが起こり、デビューCD『奇跡のカンパネラ』はクラッシックでは異例の100万枚を越えるヒットに。

ヨーロッパ。さまよ彷徨いの日々

写真

 ヨーロッパでは、ベルリン、ウィーン、ストックホルム、ハンブルグ、ハイデルベルグ…いろんな町に住んだわね。どこも思い出があるわ。
 30歳で留学したベルリンでは郊外に住んでいたから、緑が多くて、まるでおとぎばなしの国のようでした。春、森のなかに座って鳥たちの歌をじーっと聴いている幸福。部屋に戻れば、私を待っているピアノ。ほかの誰にも出せない自分だけの「音」、その音色こそがいつか私の財産になってくれると信じていたから…。
 4年後。なんとか演奏家として一人立ちしていた頃、指揮者のレナード・バーンスタインに手紙を書いたの。彼は私の演奏を褒めてくれ、リサイタルの後援まで約束してくれました。ところが本番一週間前に、風邪をこじらせて両耳が全く聴こえなくなってしまって…。
 哀しかった。私は耳の治療を受けながらストックホルムでピアノ教師の勉強を始めました。そして5年後にハイデルベルグで音楽学校の教師になったの。心が後ろばかりを向いた日々だったわね。
 ここは、ストックホルムにある思い出の“ホテル・ディプロマット”。20年前に母との最後の旅行で泊まったの。ほんとうに素敵だった。部屋ごとに内装がぜんぶ違っていて、北欧調のあんなきれいな色合いって、他のどこの国にも無いと思うわ。
 私の父は、このホテルのそばで育ちました。若いころは芝居関係の仕事をしていて、その劇場もまだ残ってる。私にとってストックホルムの街は、父とのつながりを感じることができる大切な場所なのです。

 猫を飼いだしてからよ、人生が変わったのは。ハイデルベルグ郊外の、百何十年もたった古い家。そこで毎日、猫にピアノを聴かせて。私の人生で、一番幸せな時。ええ、今より幸せだったかもしれない(笑)。

パリで過ごす“宝石”の時間

写真 ほっとするのは、やっぱり自分の家に帰ったときね。今はパリのモンマルトルとサン・ルイ島、ベルリン、そして東京の下北沢に自宅があります。
 パリの家は、私にとって”宝石“のようなもの。好きなパリで、ピアノに集中できる素敵な部屋を持つということにこだわって。それがサン・ルイ島にある、築400年のもと貴族の館にある稽古場なの。そこで猫と語らい、好きな絵を描いて。そうした宝石のような時間が気持ちを豊かにしてくれて、いっそうよい演奏ができるんじゃないかしら。
 下北沢の家は築60年を超えて多少ガタガタしてきたけれど、母が亡くなるまで過ごした家だから壊したくない。いつの間にか20匹に増えてしまった猫と、犬一匹とで暮らしています。裏手にある教会に平日の昼間、ふらりと入って一人で祈っているの。
 祈ること?どうか世界から、飢えで苦しむ子どもや動物がいなくなりますように。そして、私のピアノで救われる人がいるのなら、どうぞよりよい演奏ができますようにって。
 だから、立ち止まれない。進みつづけるだけ。私だけの音、私だけのピアノを、これからもっともっと高めていきたいと願っています。